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♭131 「贅沢」をあえて知らないまま生きる選択をする勇気

どうも!八郎です!!
(Twitter:@eightblog_hachi)
(ガーデニングや家庭菜園
家の事などくだらないことを
たまーにつぶやいていますので
よかったらブログ共々
ご笑覧下さいませ)

                  

久々の家ブログ記事となります。
新章「入居から3年経過した今、改めて住宅オプションについて考えてみる」
編をお送りしております。

     

。。。えーっと
なんで家ブログなのになぜトリニクの話が?
というツッコミばかりかと思いますが
今日で終わりますので(たぶん)
お付き合いの程よろしくお願いいたします。

      

前回までのあらすじですが
突然、八郎が学生時代にインドに入った話が始まります(笑)
そこでツアコンとして同乗しているアニックという
日本語が出来るインド人とコルカタ
(旧都市名はカルカッタ)の
自由時間中にばったり遭遇。
インド旅行の感想を雑談チックに話していたら
アニックが突然

「インドのことわざの話がしたい」

という申し出が。


断る理由も無いので快諾。
その話は養鶏業を営む父を持つ、兄弟の話。
兄はいつも食卓に出てくる鶏のムネ肉に
飽き飽きしていたところ、偶然
出荷前の鶏のモモ肉見てしまい
「モモ肉を食べたい!」と父に嘆願するも
「ムネ肉の方が身体によい!」と一蹴されてしまいます。

しかし、兄はモモ肉の興味をぬぐう事が出来ませんでした。
父親が病でこの世を去ると
そこから1年間遮二無二働いて
会社の業績を伸ばし
文句を言わせない状態にして
ついに鶏モモ肉を食べる事に踏み切ります。

父親の遺言に背き
食べたら不幸になるという忠告を無視し
弟の制止を振り切ってまで
鶏のモモ肉を食べる事にこだわり抜いた兄。
その結果、待ち受けていたのは
養鶏事業の「倒産」でした。。。

さて、そんな切ないインドのことわざを教えてくれた
アニックの真意とはいったい何だったのか?
そして、それが注文住宅のオプションと
どのようにリンクするのか?

      

それでは、続きをどうぞ!

なぜ鬼滅が1995年に?

アニック「という事で、兄は養鶏業を倒産させてしまいます」

アニック「父親の遺言や周囲の制止を振り切って」

アニック「鶏のモモ肉を食べてしまったため」

アニック「先祖代々続いていた事業と血脈を」

アニック「終わらせてしまったのです。。。」

八郎「なるほど、話の内容はよくわかった、よくわかったんだが、だがしかしっ!」

アニック「えっ?」

八郎「なんかおかしいところがあったから、突っ込ませてくれ」

アニック「な、なんですか。。。?」

          

八郎「兄弟とシェフが初めて鶏のモモ肉を食べた時の件(くだり)だ」

アニック「。。。」

八郎「兄のリアクションのミスター●っ子の●皇や」

八郎「弟のリアクションの美●しんぼの山○士郎は」

八郎「1995年には既にあったから問題ないけど」

八郎「シェフのリアクションの煉□杏■郎はどう考えてもおかしいだろう」

八郎「あまりにも最近で、超が付くほど雑に放り込み過ぎてるぞ」

アニック「八郎さん、細かいと嫌われますよ、彼女出来ませんよ」

八郎「ぐぬぬ。。。ま、まあそれはいいとして」

八郎「アニックは、このことわざから、俺に何を伝えようとしたの?」

アニック「えっ、それは八郎さん考えてくださいよ」

贅沢をしてしまうと質素に戻れない?

これは題名からも何となく予想は出来たことでした。

      

恐らく贅沢になれると、以前の質素な生活には戻れない
じゃないでしょうか?
金銭感覚も、稼ぐようになると金遣いは荒くなってしまいます。
それまで公共交通機関で行っていた場所に
タクシーで移動するようになるとか
それまでお店で食べていたものを
ウーバーイーツでお取り寄せしたりとか
「便利」とか「楽」とか「おいしい」とかに慣れてしまうと
以前の質素な生活に戻るのに苦労すると言いますよね?

       

一度上がった生活水準を下げるようにするのには
相当苦労する、なかなか出来ないとも聞きます。
このインドのことわざはこれを伝えたいんじゃないでしょうか?

          

八郎「一度贅沢を覚えちゃうと、前の生活には戻れなくなる」

八郎「そんな感じじゃない?」

      

するとアニックはにやりとしながら
上から目線でこう答えるのです。

        

アニック「もちろん、その戒めもことわざの伝えたい内容に入っていると思われますが」

アニック「それじゃあ半分ですねえ」

「贅沢」をあえて知らないままでいる勇気

アニックが得意げに否定するのにちょっとイラっとしましたが
残りの半分にガンジス川のような壮大なスケールが
隠されているかもしれません。
インド4000年の歴史がひょっとすると
このことわざに集約されているかもしれません。
ここはアニックに話してもらいましょう。

       

八郎「日本人の頭で考えられるのはそこまでだな」

八郎「アニック、頼む、教えてくれっ!」

アニック「わかりました」

       

得意げなアニックから告げられた事実は
ちょっと意外なものでした。

       

アニック「それはあえて『贅沢』を知らないでいる勇気です」

八郎「贅沢を。。。知らないでいる勇気ィ?」

アニック「そうです。今回養鶏業が倒産してしまった原因は」

アニック「確かに兄が鶏モモ肉を食べてしまったことにあります」

アニック「兄がモモ肉を食べた後に自分を制してモモ肉を控えれば」

アニック「事業が倒産することは無かったと思います」

八郎「そりゃあ誰だってそう思うよね」

アニック「しかし視点を変えてですね」

アニック「もし、兄が鶏モモ肉を食べなければ」

アニック「どうなっていたと思いますか?」

八郎「あー、なるほど。食べないという選択肢か」

アニック「そうです、贅沢を知ってしまうと自制が難しくなる」

アニック「のであれば最初から贅沢を知らないようにしたら良いんです

八郎「。。。それ、言うのは簡単だけど難しくない?」

アニック「そうなんです、そこに意味があるんですね」

アニック「好奇心を否定するわけではないんですけど」

アニック「いわゆる『ただの贅沢』ってのは実は」

アニック「生きていく上では必要なかったりするんですよね」

八郎「何という極論なんだ(笑)」

贅沢は生きていく上で必要ではない、という考え方

アニック「贅沢することを何かのモチベーションに当てる事を」

アニック「否定はしませんが、贅沢ってそもそもはあったらいいね、と言う程度で

アニック「絶対に必要、と言う訳ではないんです

八郎「まあね」

アニック「だって、知らなくても生きていけますからね(笑)」

八郎「そこは極論やね、お金持ち全否定じゃん」

アニック「そこなんですよ!お金持ちは贅沢していいんですよ!!

八郎「え、それどういう事?」

アニック「お金持ちはですね、贅沢してもお金や人的資源を持っているので」

アニック「それを贅沢した時の反動に当てれば何とかしのげます」

八郎「な、なるほど」

アニック「でも、普通の人が身の程に合わない贅沢をしてしまうと」

アニック「養鶏業の兄のように身を滅ぼしてしまう可能性があるんです」

アニック「普通の人は贅沢を覚えるとその加減が分からないからですね」

八郎「な、なるほど、ホストにつぎ込む女みたいなもんか」

アニック「それはちょっと違いますけど(笑)」

八郎「要は『知ろうとしない勇気』があれば身を滅ぼさない、という事か」

アニック「そうです、贅沢がダメだとは言いませんが」

アニック「贅沢するにしても身の程をわきまえた贅沢にするべきだし」

アニック「贅沢は知らなくても十分に生きていけますので」

アニック「あえて「知らないでいる勇気」も必要だ、という事ですね」

八郎「なるほど、インドの歴史ほどではないけど深いね(笑)」

アニック「八郎さんも、将来稼ぐようになったからと言って」

アニック「急に羽振りが良くなったり、金遣いが荒くなったりしたらダメですよ」

八郎「なるほどね、忠告ありがとう(そんなに人が変われる程稼げたらよいなあ)」
(次回へ続く)

      

うーん、今回も家づくりの話の中に入れなかった、残念!(笑)
でも、今回のまとめで今回言いたい事の「骨子」みたいなものが
書けたのでそれで良しとしましょう。

        

さて、次回からいよいよ家づくりの本題。
「入居から3年経過した今、改めて住宅オプションについて考えてみる」
について実際に考えてみます。

       

次回はいきなり結論みたいな話ですが
注文住宅に3年住んで感じた
このことについてまとめていきたいと思います。

       

次回「注文住宅のオプションで後悔しないための3つのシンプルな考え方」

情弱施主の、魂の叫びを聞け!

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